くらげ旅行記第8話の補足ページ

トルコでのんびり その1



・ トルコ共和国


正式国名  : トルコ共和国
首 都   : アンカラ
人 口 (*) : 6,270万人
国民生産(*) : US$2,830−
滞在期間  : 1998/2/24〜4/23
通 貨   : トルコ・リラ
         やたらとインフレが激しい。年約100%のインフレ。
         ですから、レートもどんどん変わります。
         くらげのいた期間で220,000 〜 245,000TL/$位でした。
(*): データは1998年版。(財)世界の動き社「世界の国一覧表」より引用。
  「国民生産」は国民総生産を人口で割った物。
くらげはこの「世界の国一覧表」毎年買っていますが、なかなか楽しいです。
毎年増えた国を探すのが楽しみ(^-^)~。
 戻る      

・ トルコの言葉

トルコ政府の見解では、トルコは単一民族で、言語もトルコ語しか存在しないことになっています。
しかし、歴史を見ればトルコは元はオスマン帝国なわけですから、侵略したり、されたりが、あったわけです。
そうすれば人も文化も言語も入り乱れてくるのは、当然の結果ですね。
有名なのはクルド人です。イラン・シリア・イラン・イラクの国境がぶつかる辺りにいる民族です。
トルコでも正式な統計はないのですが、東部トルコ人の多くはクルド人のようです。
北東部はアルメニア系の人もいるようです。
彼らは少数民族であることの主張は禁止されていて、表向きはトルコ人を装います。
ワンなどはクルド人の町で、町の人も、ひそひそと「自分たちはトルコ人ではない。クルド人だと主張します。」
クルド語も話されているようです。
トルコはこの点に関しては、かなり胡散臭い国です。

 戻る      

・ トルコの女の子

トルコでは、政府の方針では、政教分離だそうで(笑)イランとはかなり事情が違います。
まあ、そうは言っても、税金でモスクを建てることもあるそうなので、どこまで信じていいのやら。
イランは上から下まで、黒づくめの衣装だったので、町中で華やかな雰囲気には出会えません。
実はジーンズやTシャツなども着ているのですが、残念ながら、見ることは出来ません。
ところが、国境を越えたとたんに、髪の毛ふわふわさせて、タイツはいたスカート姿の女の子たちを目にします。
これは、かなり新鮮です。
思わず見とれてしまいます。町が華やかで嬉しいです。
しかし、男たちは・・・。
何処行ってもぱっとしませんねぇ。むさいし。
あー、やだやだやだ。

 戻る      

・ トルコのドルムシュ

日本には無い制度ですが、乗り合いタクシーというのは、国によって、形態は変わりますが、世界中で重宝されているシステムです。
トルコの場合は「ドルムシュ」と、呼ばれています。
大型のワンボックスカーに12人とか15人とか乗せて走ります。
若干定員オーバーもありますが、ぎゅうぎゅうと言うことはまず無いです。
料金も決まっているらしく、ちゃんと張ってあったりします。
バスは比較的長いメインルート、そこから各自の村や町まではドルムシュを使うようです。

 戻る      

・ トルコのバス

トルコは主な移動手段がバスなのですが、そのほとんどがベンツです。
ボルボやネオプレン、三菱などもありますが、どれも新しいタイプです。
何でも、パキスタンから、トルコへ向かうと、イランのバスでは本が読める。 トルコでは字が書ける。と言われるくらいどんどんと質が良くなります。
くらげは乗ったこと無いですが、ヨーロッパと変わらないのでは無いでしょうか。
しかも、サービスが良く、走り始めると、コロンヤと呼ばれる香水(多分コロンのことですね)がサービスされ、しばらくすると、紅茶のサービスがあります。
会社によってはコーヒー、炭酸飲料なども選べ、お菓子もつきます。
水(小さなカップに入っている)は、言えばいつでも持ってきてもらえます。
値段は1時間走って、1〜2ドルですから、日本からすると、かなり安いですね。
イランから来ると、とてつもなく高いのですが。

 戻る      

・ トルキッシュコーヒー

トルコ伝統のコーヒーは細かく挽いたコーヒーの粉末に水と砂糖を加えてさっと煮たものです。
最近日本ではやっているエスプレッソを甘くして、コーヒーの粉を混ぜたような感じです。
くらげは甘さを控えてもらいますが、現地の人はかなり甘くするようです。
ちなみにこのコーヒーの入れ方はアラブではどこでも同じ様です。
しかし、トルコはコーヒーから紅茶(チャイ)への転換を進めているので、町中の男たち(何であんなに暇そうなのだろう?)はほとんどお茶を飲んでいます。
また、若い人たちはネスカフェ(つまり、インスタントコーヒー)を飲むのだそうです。

 戻る      

・ トラブゾンで会った人たち

例のガイドブックには、毎週水曜日にイスタンブールに向けて船が出るようなことが、書いてあります。
それを見て、月曜日当たりから、日本人が集まってきました(^^;)。
それ以外には、同じガイドブックに「イランビザ翌日発給」と書いてあるのを見てきた人(実際は1週間待ち)、などでした。
イスタンブールからは遠いですよ。

 戻る      

・ カッパドキアのキノコ岩

カッパドキアにはキノコのような形の岩がたくさんあります。
もちろん大きさは、大きなものでは高さ20メートルを超えるようなものまであります。
これは柔らかい地質の上に比較的固い岩が乗り、雨によって浸食されるとき、固い岩が乗っている部分が残ったと、説明されています。御説明之絵図
ですから、てっぺん以外は砂岩で柔らかく指で強くこすると崩れてきます。
中世にはキリスト教の修道士の修行場として、この岩に穴を掘り、そこに住んだようです。
いまでも、あちこちにそののこりが見られますが、後世になって、イスラム主義者たちに壊され、状態のいいものは少ないです。

 戻る      

・ カッパドキアの地下都市

カッパドキアの地質は柔らかい砂岩の部分が多く、穴などを掘るのには好都合です。
しかも、見渡したところ、乾燥した大地で木が少なく、石なども、取れそうにありません。
そんなわけで、キノコ岩に穴掘ったりしたのでしょうが、地下にも掘ってしまったようです。
それがいま、地下都市として見つかっているようです。
規模もまちまちのようですが、くらげが入っていったのは、4,5層になっていて、かなり広いものでした。
人がやっと通れるほどの穴は最後までたどり着けませんでした(やっぱり怖い(^_^ゞ)。
一説によると、五千人くらい住めるという話ですが、電気のない時代ですから、灯りは炎をともし、人がいっぱいだったら、アッという間に酸欠起こしそうですけどね。
どうなっているのでしょう?

 戻る      

・ バスターミナル

トルコはバス網が発達しているので、バスターミナルも整備されています。
それが、首都であればなおさらです。
U字型で、3階建てのターミナルはまるで飛行場の玄関みたいです。
そこに大型バスがずらりと並んでいるのです。
イスタンブールのバスターミナルも、やはり巨大で、バス会社を探すには苦労しそうです。
(方面によってある程度バス会社が決まっている。)
トルコ語ではバスターミナルをオトガルと呼びますが、オトは車のことで、ガルは駅のことだと思います。よく、ガラージュ(車庫)の略だという人がいましたが、ガルはトルコ語で駅の意味がちゃんとありますから。

 戻る      

・ トルコの父 アタ・テュルク

トルコに行ってどこでも目にする肖像は、トルコの父「アタ・テュルク」さんです。
もっとも、アタ(ata)はトルコ語で「父」の事で、テュルク(turk)はトルコのことですから、まさに「トルコ父」ですね。
もちろん、こんなに都合のいい名前が本名ではありませんが、くらげは本名を忘れました(^_^ゞ。
この、アタ・テュルクさんは、トルコをイギリスからの植民地化を防ぎ、近代トルコの創始者として、崇められています。
確かに、トルコ語の文字をアラビア文字から、ローマ字もどきに替えたり、そのほかにも功績は多いのですが、やはり、独裁者としての一面もあったようで(少数民族の弾圧など)、隠れた批判もあるようです(国内で表立って批判は出来ない。)。
よその国にとやかくいうのもなんですが、お札の肖像が全てアタテュルクさんって言うのも、ちょっと異様ですよ。
(そう言えば、イランのお札は全てホメイニさんだった(笑)。)

 戻る      

・ イスタンブール

イスタンブール。古くはコンスタンチノーブル。
東洋と西洋はどこで別れるのかと言えば、ここイスタンブールです。
正確には黒海が地中海に向かうボスポラス海峡です。
まあ、地理的にはそう言うことになっています。
見た目にはさほど広い海峡ではありませんが、流れも速く、交通、戦略の要として、重要視されていたのは間違いありません。
今では2本の橋も架かり、ヨーロッパ側、アジア側の行き来も楽になったようです。
イスタンブールはヨーロッパ側に位置し、古くから栄えたおかげで、観光名所となって多くのツーリストが訪れます。
イスタンブールはそんなわけで多くの旅行者が集まる場所でもあるので、情報交換も盛んです。
物価は確かに高いけど(トルコとしては)、一通りのものはあるので、長旅の途中ゆっくりしてしまうのでしょうかね。

 戻る      



ページトップへ


 戻る